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みなさんこんにちは!THです。
今日は3・11ですね。。。
もうあれから8年経つとはいえ東北大震災が記憶に新しいですね。
当時私は〇〇證券㈱の渋谷支店でアクセク仕事をしていました。
震災が起こったあの日、ちょうど店内で電話営業をしているところでした。
気持ちの悪い横揺れが断続的に続き、自社ビル4Fはあたかも船内にいるかのような現象でした。
隣のデスクが自然と離れていき、電話も通じなくなる…
支店長室から大きい声が聞こえたので行ってみると、見たことも無い映画のような津波が東北を襲っている光景が見えました。。。
営業用の電話機は断線というか使えなくなり、緊急用の電話を使い、社員みんなお客様や家族と連絡を取り合っていたことを鮮明に覚えています。
ネット環境も復活せず、為替変動も見れない状況で、18時くらいに業務を終えたことを覚えてます。
自社ビル4Fから渋谷駅が見えるのですが、電車も止まっているのですごい人の数が駅周辺に居ました。
ビルから窓が落下する危険があるからだと思いますが、人はみな道路の真ん中の分離帯に居て、ビルからの落下物に巻き込まれないようにしていたのも生々しく覚えています。
当時自宅は都内寄りの千葉でした。
交通機関がマヒしているので、渋谷から徒歩で帰ることを決意しました。(会社に泊まっていく連中もいましたが、ちょっとそれは嫌だった笑)
途中大手町らへんでコンビニに寄りましたが、コンビニというコンビニ、ほんまにモノが無い!
飲み物はおろか、食べ物もごそっと無くなっていて、誰かが棚に戻したソイジョイ一本しか買えませんでした😿
自販機も売り切れ、コンビニも売り切れ、革靴で歩くのはしんどいのでスニーカーを買おうと思ったけどスニーカーも売り切れ。自転車やバイクでさえ売り切れ。みんな考えることは一緒。
車も全然動かず、タクシーも動いてないので歩きながらメーターを除くと10万越えなんて当たり前。
異世界でした。
おじいちゃんやおばあさんも懸命に歩いている姿を見ると、必然と自分も頑張らなきゃと勇気が湧き、お互いに声を掛けながら長い道のりを歩きました。。。
携帯も通じず6時間くらいぶっ通しで歩いて自宅に着いたころには足が動かなくなってました。革靴のソールもそれは駄目になりますよ。
携帯が使えない。公共交通機関が使えない不便さを目の当たりにした2011年。
その後余震の度に止まる地下鉄で鳴る携帯の「緊急アラーム」は、当時死を覚悟させるほど恐怖でした。
会社に行くのに地下鉄を使っていましたが、地震で埋もれたらそれまでです。
3月11日は一生忘れられない日です。
今日は、今日を生きようとしても、生きたくても生きられなかった人の1日でもあります。
今日という1日を大切に生きようと思います。
長々と小説みたいに書いてしまいました。
京都は今日も雨がぱさぱさと降っています。
今日という日をみなさんも大切に生きていきましょう。